☆高島城(諏訪)の歴史を訪ねる。
☆門
☆本丸跡
☆堀と天守閣
☆高島城
☆高島城
城郭構造 連郭式平城
天守構造 独立式望楼型3重5階(1598年築 非現存)
(1970年 RC造復興)
築城主 日根野高吉
築城年 文禄元年(1592年)
主な改修者 諏訪忠粛
主な城主 日根野氏、諏訪氏
廃城年 明治8年(1875年)
遺構 石垣、堀、門
指定文化財 なし
再建造物 天守、櫓、門、塀
☆高島城は
城郭の形式は連郭式平城である。かつては諏訪湖に突き出した水城で「諏訪の浮城
(すわのうきしろ)」と呼ばれていたが、江戸時代初めに諏訪湖の干拓が行われ、
水城の面影は失われた。しかし、浮城の異名を持っていたことから日本三大湖城の
一つに数えられている。
日根野氏によって総石垣造で8棟の櫓、6棟の門、3重の天守などが建て並べられ近世
城郭の体裁が整えられたが、軟弱な地盤であったため、木材を筏状に組み、その上に
石を積むなどの当時の最先端技術が用いられた。それでも石垣が傷みやすく、度々
補修工事を加える必要があったという。7年間の短期間で築城したため、かなり無理
をしたらしく、地元では「過酷な労役に苦しんだ」「石材を確保するため、金子城の
石材は全て持ち出したほか、墓石、石仏も用いられた」などの伝承が残る。
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